アガペーCGN第5次③  ―支援物資配送-

《WH教団災害支援対策委員会 八潮キリスト教会 山田証一師》

・ 4/25月-28木までの第5次アガペーCGN活動の参加者として報告いたします。

 

(1)活動報告

【4月25日(月)】拠点である気仙沼・阿部さん印刷工場、「愛隣社」に到着。

【4月26日(火)】2チーム(清掃洗浄、物資配送)に分かれ、配送ーム(山田、湯本兄)は最遠方の大槌町へ。 

①大が口多目的集会所 →

②大槌町・金沢地区(かねさわ:大が口避難所から県道を山側に深く入っていく)→

③介護グループホーム「城山の杜 (代表:菊池信雄氏)」→

④吉里吉里小学校避難所→

⑤吉里吉里町、消防詰所にそれぞれ物資を配送・受渡。

  •  みかん、灯油、食糧、日用品などを受け取って頂いた。(灯油タンクは可能な限り回収)
  •  ①の大が口多目的集会所にて、たまたま出会った大槌町の*女性職員から、より支援を必要とする地域をヒアリングし(それが②のかねさわ地区)そこに急行。

(*積み下ろしを見ていた職員が「あらこちらはいいわねモノが届いて…」の一言を聞いたので、すぐさま喰らい付きアガペー隊の理念と趣旨を説明、実際情報を求めたら共感してくださった。)

  •  金沢地区の金沢小学校・支所他3箇所程度に3,40人程が避難していた。下手の街中から避難して来た方々。主な避難所から遠く物資も滞りがち。同校敷地内に自衛隊も駐留し、当面の物資は困難ないが、女性の衣類などは思いがけず喜んで受け取って頂く。

(*届ける先の必要に応じたものを届ける。基本的なことだがマッチングはなかなか難しい。今回は成功パターンと思われる。)

  • 被害のひどい海岸部・沿岸部だけでなく、近隣内陸部にも避難所・避難者はいる。こうした動き(人の流れ、避難経路)の実態を把握した。
  • ③の城山の杜では、扱いに困っていた大人用オムツなども受け取って頂けた。施設に駐車して休憩昼食の許可をとると、なんと招かれて温かい汁物を振舞われる。予想外だがお気持ちを感謝して頂くと同時に、町の状況など話を伺う良いときを持たせて頂く。菊池さんは、大槌町の元・町会議長なども歴任された地元の顔役であり、今回の震災の過程でホームの職員用仮眠所などを一般ボランティアの拠点として開放するなど、積極的な支援を地元で行っている方。介護ホームも自らの事業地を供与して始められたほとんどボランティアのような活動を地元で長年取り組まれていることがわかった。

(*今後の拠点や、大槌町での活動展開に際しての、よき理解者協力者の可能性を大いに感じる方々である。)

  • 吉里吉里小は、市内の小学校の始業に伴って次週で避難所移転とのこと。移転地は旧吉里吉里中学跡地。国道45を挟んで逆側、給食センター跡など役立つ設備機能を持っている。立ち寄ると移転準備がさかんにされていた。ゴタゴタのため、物資は受け取られず。

(避難所の担当者の氏名確認。一応連絡先教えてくれました。こちらを覚えてはいないでしょう。)

  • 替わりにその移転地周辺を模索していて、ウラの消防詰所でちょうど地域・自宅避難者への物資配布が行われていた。担当の地元消防団長に申し出ると「いくらでも置いていってくれ!」。並んでいた自宅避難者の方々も必要そうに眺めていた。ウワサ通り物資はまだまだ必要。避難所を除き自宅避難者にとっては、食糧、日用品(トイレットペーパ、ティッシュ)などいくらでも必要はある。これらを探す探査力・開発力が配送者に求められる。
  •  まさにこの日の配送は聖霊の助け、導き、必要なところに無駄なくお届けできた。ほぼカラの荷台であること感謝!

 

【4月27日(水)】気仙沼第一聖書バプテスト教会の集会所の復興作業(清掃、洗浄。)

  •  午前中:捨てる紙をトラック積みリサイクル処分所に搬入。愛隣社の在庫資産であったものだが水没のため処分。いくらかでも使えるものないかと見つめる阿部さんの心遣いが痛む。
  • 午後、阿部さんの協力者の申し出で、事務所再建のための事務機器・家具を受け取りにトラック出動。(※物資配送くらいにしか考えなかったトラックも、この日は大活躍でした。) 
  • 午後:愛隣社前にてFH(国際飢餓対策機構)と共に物資・食糧の配布。来場者はいわば近隣の住民(その周辺に家・事務所のあった方が片付けに)。避難所とは違って、こんなちょっとの物資でも喜んで頂けるのか?と驚くほどの反響!  

→それだけ自宅避難者などにはニーズがあるのだ。と理解。

 

【4月28日(木)】移動、帰京。

  • 帰り道は運転交替はなし。さすがに厳しい帰京でしたが守られました。

 

(2)印象、感想

  •  気仙沼、岩手地域(陸前高田、釜石、大槌町、)を再訪。気仙沼市内は前回より幹線道路沿いはだいぶガレキが撤収されていた。行政の復興努力を見る。
  •  阿部さん家族の娘さん一家、ユウコちゃん(小5女子)のコメントに津波体験者の声の生々しさ、迫力を切実に感じる。

(まったく状況を知らない我々外部の人間に当時の説明をするということで、同時に、恐ろしい体験といえど、率直にそれを説明したり話したりできる場があったことが、彼女の体験反復・消化にとっての良い材料になって欲しいと祈る。

→恐らく、避難所や学校などでは、同じ体験者による共有は困難すぎて口に出せないのではないかと推測。)

  •  物資配布で気づいたこと→女性衣類、サイズはズボンでいうと30以上(76cm?)が必要。男性はウェスト80cm以上。細すぎる衣類は殆ど役に立たない。基本的に洗い替えになるものが重宝される。乳児・幼児用の衣類も殆どハケるほど好評。

※被災者のほんの少し漏らすヒトコトに重みを感じる。やりとりの会話にも心遣いと祈りをもって行う参加者であらせて頂きたい。

「都会の人は細身ねぇ」(→必要だがあわないサイズへの無念さ)

「(男物を指して)ご主人様にどうでしょう?」、「主人は見つかっていないのよ…」

相手の身心を思って言葉をかける。いやかける言葉もない。相手の思いに寄り添うしかできないですね。

 

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