【復興支援委員会】 第7回活動報告

MSR+の第7回目活動が終了いたしました。

今回の参加者:15名

北海道 : 小樽ホーリネス教会、

             厚別キリスト教会、札幌新生教会
関東他 : 野田キリストめぐみ教会、

             浅草橋教会、淀橋教会英語部

             九十九里みぎわ教会、

       昭和橋キリスト教会(名古屋)

現   地 : 山形南部教会、

             キリスト塩釜ともしびチャペル、

             木内一夫師(岩沼センター駐在) 

*他に特別参加:CRASH・JAPANより応援(シンガポールよりボランティアチーム11名)


【トピックス】

 (1)10月~11月末まで4回の活動を継続: 

当初の計画では今回の第7回で一区切りとしていましたが、ここれまでの活動で生まれた地域との絆をもとに第2次プロジェクトとして、10月~11月末まで4回の活動を継続することとなりました。

  (2)常駐スタッフの滞在:  

今後継続して活動を進めるために、10月から11月末まで常駐スタッフが岩沼センターに滞在し、地元とのコーディネートをすることになりました。

 

1日目:9月26日(月)

9月26日(月)夜行バスで名古屋から参加した私のために駅まで迎えに来てくださったスタッフの方の車でセンターまで10分ほど。朝食を終えた10名程のボランティアの皆さんと合流し自己紹介の後、早速EM散布に出掛けた。
初めての経験なのでわからない事だらけだったが、丁寧に噴霧器の扱いや小型エンジンの掛け方を教えて頂き、EMをタンクの水に混ぜ合わせ、3台の軽トラックに2~3名ずつに分かれ出発。
今日はセンター近くの岩沼市下野郷下地区で何軒かの農家を回り、縁の下、庭先、畑、用水路などに散布とのこと。
最初に地区長さんの家の庭先で予定の確認をするがちゃんと訪問宅、散布内容、大体の広さまでリストにして下さっていて感謝。11時過ぎには北海道からのチームもフェリーで仙台港から車で到着し、昼食後から作業に合流。


500リットルのタンクが空になるとすぐ水を補給してまた現場に戻る作業を繰り返した。今日訪問したお宅はどこも津波は床下浸水か、畑まで浸かったというお宅が殆んどだった。しかし用水路が今も機能していない様子で水が悪臭を放っているところが多く、畑もまだ何も作付けされていない干からびた所や津波のヘドロの後が残る所もあった。センターの方が「EMをまく時には、EM元気になれ〜って語りかけるようにするといいよ」って教えてくれたのが印象的だった。

 

午後の作業を終え4時頃から、津波の深刻な被害を受けた宮城県の一番南部の山元町へ視察に連れて行ってもらう。

約30分ほど車を走らせても、そこに着くまではあまりセンター近くと変わらない田園風景が広がっていたが、海辺に近いその地区一体は遠目には普通に街並みが続くように見えるが、近づくと一階部分はめちゃくちゃに破壊され無人の家々が並んでいた。

その中で一軒の家の前で車を降りた。そこはあるキリスト教の教団が津波の被害を受け、街から人が去ったため営業をやめた歯医者さんの建物を格安で買受けた場所であった。

しばらく前に、ここも床板を剥がしEMを散布したとのこと。

残った建物でそのうち1割の方が自宅で生活をされています。残った方と、またこの町の将来のためにここを教会にするとの話しに心が熱くなった。

センターに戻り、夕食後一日の振り返りと祈りの時を持った後、9時には布団を並べ眠ることに。

みんなお疲れ様でした。


報告者:近藤高史(昭和橋キリスト教会)

 

 

2日目:9月27日(火)
「これを聞いて、わたしは座り込んで泣き、幾日も嘆き、食を断ち、天にいます神に祈りをささげた。」(ネヘミヤ1:4)
早天から一日が始まった。ネヘミヤ1章が開かれ、一同は心を一つにして2日目のボランティア作業に当たった。
今日は昨日の続きで、岩沼市下野郷下地区の庭や床下、道路沿いの溝にEM散布をした。
今日のトピックとしては、クラッシュ・ジャパンから日本人を含むシンガポール人のボランティアの方々が10時から参加したことだった。総勢11名の皆さんは、3チームに分かれて初めてのEM散布を体験した。最初は緊張感があり、なかなかうまく撒くことができなかったが、時間が経つにつれて慣れてきたようだった。

 

昼食は、25名の大所帯でカレーライ スをいただいた。

MSR+恒例の自己紹介タイムでは、自分の好きな食べ物、オススメの料理を紹介した。笑いが絶えず、午前の疲れも飛んでしまうぐらい楽しさがあった。


午後は、MSR+チームが午前で回れなかった箇所の続きを、シンガポールのクラッシュ・ジャパンチームは、ボランティアセンターの裏側にある庭の草取りに取り掛かった。

3時半ごろには予定している箇所がほぼ終わり、クラッシュ・ャパンチームも働きを終えてキャンプ場に戻った。
今回のボランティアの特徴として国際色豊かであるということである。ナイジェリア、シンガポールと他国からのボランティアが与えられていることは感謝なことである。日本を愛してやまない人々がここにいる!

 

また、ボランティアに欠かせないのが食事である。女性陣がおいしい食材をふんだんに使って私たちの体に力を与えてくださった。神様が遣わして下さった天使たちである。
今日で岩沼での作業を終えるが、たった2日間だったが、訪ねた家の皆さんの心遣いに頭が下がる。まだ半年しか経っていないのに優しく私たちに接してくださる姿には励まされる。そのような姿を見ると、自分の疲れがちっぽけに思えたこの頃であった。今日も主に守られ、助けられたことにただ感謝するのみである。


川崎崇(小樽ホーリネス教会 牧師)

 

3日目:9月28日(水)

28日に散布予定だった地域の畑が、先週の台風の影響でぬかっていてできない状態。

そこで「気仙沼まるごとEM浄化大作戦」に参加するために、朝6時出発で気仙沼に向かい、9時過ぎに気仙沼に到着しました。

 

活動に出発前に、今回の作戦の指揮をとっている足利さんから、注意を受けました。活動に出発前に、今回の作戦の指揮をとっている足利さんから、注意を受けました。

  1. 今日の活動場所は、今まで(6週間に亘ってなされてきた活動) の場所で一番ひどいところである。(重油、魚、泤などからの臭いがあり、地盤沈下の浸水があるため、今でもひどい)
  2. 瓦礫の撤去のために重機が入っているので、安全には気をつけること。
  3. 遺体捜索も行われている。
  4. 地盤沈下のために、満ち潮になると冠水する。帰れなくなると命取りになるので、無理はしないこと。

作戦全体では、エンジンつき散布機が10台。私たちMSR+は三台を、三台の軽トラックに積み込み、それぞれに四名のチームで働きました。

報告者:川上悟(山形南部教会)


9月28日、昨日までの穏やかな南宮城の田園風景とは打って変わり宮城北端の気仙沼に移動。気仙沼の中でも津波の被害が一番ひどい港のさらに海が見える岸壁の目の前でEM散布作業を行った。多くの水溜りがヘドロで臭くなっている。

報告者:近藤高史(昭和橋キリスト教会)

 

 

4日目:9月29日(木)
気仙沼鹿折地区に掛かる歩道橋。津波の後の火災で燃えた後が残る。

今日はこの歩道橋の尐し先の小学校に他の団体とも合流し50名程でEM散布を、港の東部と町の中心街で行う。気仙沼だけで約一ヶ月で百万トンのEMを散布したそうで今日はその最終日とのこと。

3月、5月、8月、9月と訪れる度に尐しずつ被災地の景色は変わってゆく。歩道橋を尐し下ればあの大きな打ち上げられたタンカーが今もそこにあるが、周りはだいぶ片付けが終わりタンカーの前にあったセブンイレブンの燃え崩れた建物ももうなく、いずれ船の周りを整備して記念の公園にする計画もあるような話も聞いた。

町は変わるが人も変わってゆけるだろうか。祈りを持ってこれからも関わり続けていきたい。


この日の青空は確かに印象的でした。

同じ青空の下で重機は瓦礫を片付け、ボランティア達は消毒をし、そのすぐ近くには今も遺体を捜索する警察官の姿があったからです。

歩道橋に誰が掛けたか日の丸の赤がまた格別きれいに映えていました。よく見ると英語や中国語、日本語で「頑張れ日本、頑張れ東北」と書かれてます。色々な思いが心をよぎりました。

 

報告者:近藤高史(昭和橋キリスト教会)

岩沼から気仙沼に来て2日目、東京チームは3日目で帰り、北海道チームが主体で4日目のボランティアがなされました。

いつものMSR+だと3日目で終了するのですが、今回は気仙沼EM浄化大作戦の最終日という事で、特別にMSR+も延長して散布をお手伝いしました。

 

大作戦を指揮したのは足利さんです。足利さんは私たちに無料でEMを提供してくださっていますが、足利さんご自身も被災者です。津波で家を失い。事務所も流されました。

そんな彼が、今回気仙沼を6つに区分して8月23日から3日間ずつ6週にわたって、計18日間、『まるごとEM浄化大作戦』(クラッシュジャパン協力)と名を打ってEMをまかれました。毎回、30名から50名の方々が集まりました。

 

そして最終日の最後に、足利さんの御自宅と事務所があった中心街の南町にEMを散布しました。南町の被災もひどく、地盤沈下(70cm)もあったため、海水がまだ残っており、午後2時過ぎになると海水があがってきます。足利さんの家、事務所も基礎しかなく、午後には海水で覆われてそれも見えなくなってしまいました。

その最後に自分の住んでいた場所を選びEMをまいたのは足利さんにとって、意味のあることだったのでしょう。私たちも南町に心を込めてEMを散布しました。この南町の場所に11月には足利さんの仮設事務所が建つそうです。感謝です。

 

気仙沼は被災が本当にひどいです。ほんとうに立ち上がる事が出来るんだろうかと思います。しかし、そのような中、仮設事務所でもまたそこから立ち上がろうとする、その姿に感動をおぼえました。

最後のフェナーレで、気仙沼を見渡す高台から30、40名のみんなで『EMくんガンバレ!!気仙沼頑張れ・・・!!』と大きな声で叫んで『まるごとEM浄化大作戦』を閉幕しました。

川上悟(山形南部教会員、MSR+スタッフ)

 

 

<気仙沼まるごとEM浄化大作戦>

この企画は気仙沼在住のクリスチャンである足利英紀さん(三陸EM研究所代表)からMSR+に提案されました。川上と小寺徹師(教団委員長・CRASHJAPAN監事)がそれを具体化してクラッシュ・ジャパンに提案し了承され、実施されました。費用はクラッシュ・ジャパンが負担し、ボランティアはクラッシュ・ジャパン、気仙沼市などが募集し、足利さんが活動のコーディネーをしました。

 8月22日から9月29日まで毎週火曜日から木曜日まで6週間にわたって実施されました。多い時で50名のボランティアが参加しました。


足利さんとMSR+とは4月29日に気仙沼で初めて足利さんに川上、小寺隆、岡とがお会いしてから、MSR+の活動の指導、EMの無料供給など、MSR+の活動全体を支援してくださっています。