「接点」から「繋がり」に   3月(1)号

3月になると、東北も春を迎え温かくなってきた。その春の訪れに合わせて、EMを利用した農業資材の仕込みを地域の方々と行うことにした。仕込んだのは、米ヌカを材料にした『ボカシ』と呼ばれる醗酵資材で、微生物を固形化させたような物だ。米ヌカは醗酵すると堅くなるが、崩すと元の米ヌカと同じ粉状となり、使い勝手も良い。土壌を豊かにし、土を柔らかくする効果もあって、センターで準備したものを地域の方々が利用するようになってきていた。


僕自身が仕込んだ物を配ってもいいのだが、共動で作ることに意味があると思い、「一緒に作りませんか?」と下野郷の方々に声をかけてみた。といっても、小さい範囲から始めようと、EMをこれまで使っていた方々にだけという限定された範囲に留めての告知だった。


声をかけた方々は興味を持ち、前向きな返事を多くの方から頂いたのだが、当日は忙しかったり、腰を悪くしたりと、その場に集まることができた方は少なかった。けれど、数名の方々と時間を共有し、ボカシを作って短いお茶の時を持った。


そのひとつひとつの時間の中で、EMやボカシについての質問や世間話などで言葉を交わした。その中のひと時に、ある方が「外で食べるのもおいしいねぇ」と呟いた言葉が心に留まった。

ボカシを作る場を設けようと思ったのは、一緒に作業をして時間を共有するという名目の他に、下野郷で簡単に集まれるような場を作るという名目もあった。


下野郷に町内会はあるが、日頃から集落内の方々が集まることのできる場と機会がなく、集落内での関係は親類を除くと幾らか希薄になっているという問題がある。MSR+にはEMを通じて築かれた関係があり、開かれた公の活動であり隠れた存在ではない。


田舎で難しい初期の関係作りが軌道にのったのだから、次のステップとして、それをより具体的にすることができるのだと感じて行動に移したのである。

それが何であるのか、決まった形はない。言葉にするならば、「賜物」と呼ばれるそれぞれに与えられたものを行使すること、となる。隣人に対する愛の示し方は各々に委ねられている。僕の場合は、足を運び共に労苦することだと考え、それを実行している。


正直、僕の行動が集落や地域全体に及ぶことは難しいだろう。しかし、そこにいる何人かと関係を深めることは可能だし、近い視点になることで、ようやく共有できる物事は確実にある。ふとした接点を強い繋がりへと変えることは簡単ではない。このようなことは被災地でなくとも課題として挙がっていることだろう。


そのような絆を育むためには、ただ話すだけ、ただお茶の時を持つだけ、無駄話をするだけ、そんな時間が大切なのだと、近日の出来事で思わされている。何の益はなくとも、共にあるだけで良い。寄り沿うとはそういうことなのだと思う。僕にからし種程の小さな働きしかできずとも、僕はその種を大きな木まで成長させることのできる方を知っている。僕の為すべきことは、ただただ委ねることなのだ。